久々にこの話題を見て、高校の時の先生の言っていた事を思い出したレインハートです。こんばんわ!
今回は「句読点」問題について語っていこうッ!!
っていうか、句読点ってなによ?問題ってなによ?とお感じの方もいるでしょう…
恐らくだが言葉が誕生してからずっと議論され続けている話題なので、未だに答えは出ないと思うだろう。
よく「句読点」を多く使う人等が非常に見にくい。と言われる事があるんですが…
まぁ、確かに、みにくい、ですよね、こんな、感じで、打ってる人、も、割と、ガチめに、いたりします、からね。
(さすがにここまで分かりやすい打ち方はしてないけどね…w)
しかしだ、思い返せば私は大丈夫なのだろうか?
そもそも、私は句読点って使ってたっけ…?(´Д`)
という疑問が出てきた訳だが…ちゃんと使ってましたねッ!!
ちなみに余談だが私は「…」を多用するのは認めてますw
なんか以前これ関連で「三点リーダー症候群」だっけか…?
「…」を多用する人は相手のせいにしやすい。という事らしいです!!
そうです…すべてッ…私が…この…三点…リーダーを…打つのが多い…のは…
実は…あなたの…責任…なんで…すッ…!!!せきに…ん… と…って…くだ…さ…い…グフ…
っとまぁ、私はいろいろな情報を見たりはするけど「自分はここがダメだから変えないと」と思わない限りは別にいいのでは?と思っているw
句読点多すぎだろうが、三点リーダー多用しようが、それはそれでその人の味でもあると思うのだよ。
ただ、市販されている新聞とかで
「本日、の、ブログ、内容、は、無いよう」
みたいなお金を払ってこんな文章はさすがに見たくないってのはありますけどねw
無料のコンテンツで、書き手が好きなように書いているのであれば
それはそれで個性があって良いのではないだろうかと私は思っている。
なんか久々に凄い真面目な語りをしてるようで…
実は内容が薄っぺらいのは私のブログにありがちな事ですな!!www
結論から言えば、句読点が多かろうが
「この人、句読点が多いなぁ」
というイメージを与えるという事は実は凄い事なんじゃないかなと思う。
少なからず相手に何かしらのイメージを思わせるという事は
それだけの「何か」がある訳で(この場合は句読点の多さという)
なにも感じないよりは凄い事である。
この人の文章読みにくいなぁ~、嫌いだわ~!となったとしても
それは「嫌い」という感情を抱かせた時点で書き手は書いた価値があるのだと思う。
では、なにが価値が無い物かと言われたら
「無関心」
である。なにも感じなかったらそれは好きや嫌いという感情すら沸かず何も感じ取る事ができずに終わる事。
好きと嫌いは同じであり、このどちらかを抱かせた時点で勝ちなのである。
一番ダメなのが…無関心であり何も思われない事。
嫌いな感情よりも、これが相手を一番傷つけるんですよね。
LINEかなんかで、よく既読スルー等言われたりして問題になったりしますが
要は「無視された」という感情が一番傷つくからなんですね。
Twitterでも相手に投げかけた言葉が永遠いいねもコメントも付く事が無く放置されるとイラっとするからねッ…
私も、そういう、部分は、気をつけねば、なと、改めて、思った。
さらには、今回、句読点、の、話、だったね、途中から、脱線、してた、よね。
まぁ、これは、この、ブログ、特有、の、書き方、なんで、諦めて、
くださ、い…グフ…(´Д`)
っていうか久々になんか真面目に書いた気がするw